血圧 コレステロール

介護などに頼らず、健康で自立した日常生活を送れる期間を「健康寿命」と呼ぶ。8月、健康計測機器メーカーのタニタが40才以上の男女2500人に行った調査では、理想の健康寿命の平均は男性85.55才、女性86.99才だった。厚生労働省調査による実際の健康寿命の男性72.68才、女性75.38才とは、男女とも10才以上の開きがあった。

【写真】”健康常識”に異を唱えた和田秀樹医師

“実力以上”の健康長寿を望む多くの人が頼るのが、世にはびこる「健康常識」だ。だが精神科医で老年医学の専門家の和田秀樹さん(62才)はその常識に異を唱える。

「日本の医者や病院が紹介する健康常識は、実は日本人を対象とした科学的調査では証明されておらず、本当に日本人に当てはまるかわからないものが少なくない。それどころか、なかには不健康をもたらすものもあるのです」

著書『80歳の壁』などが次々とベストセラーになった和田さん。医学界の権威に背を向ける“異端の医師”が、従来の常識を覆す数々の健康法を披露する。

健康づくりの基本とされる食生活。多くの医者は「カロリーオーバーに気をつけて」と忠告するが、和田さんは「高齢者は食事をがまんする必要はない」とピシャリ。

「多くの高齢者は“たいして働いていないから食事は低カロリーでいい”と考えますが、大きな誤解です。高齢になるほど意識してたんぱく質を摂らないと、筋肉の衰えや減少が進み、老化が進行する恐れがあります。たとえ本人が“あじの干もので充分”と思っても、それでは栄養不足でかえって不健康になります」(和田さん・以下同)

同様に「肉を食べすぎてはいけない」にも、だまされてはいけない。

「肉はコレステロールを多く含み、動脈硬化や心筋梗塞の原因になるといわれます。しかし、コレステロールには免疫機能を高め、意欲や筋力のもととなる男性ホルモンを増やす作用があるので、性別を問わず健康のために肉を食べるべきです。ちなみに私は最近まで、朝食にステーキを食べていました」

実際、東京都老人総合研究所が70才の高齢者を対象に追跡調査を行った「小金井研究」で、コレステロール値と死亡率の関連を調べたところ、最も長生きしたのは男性190〜219mg/dL、女性220〜249mg/dLという、正常よりコレステロール値が高めのグループだった。逆に死亡率が最も高かったのはコレステロール値が男性は169mg/dL以下、女性は194mg/dL以下のグループだ。

医者の健康指導の王道ともいえる「塩分は控えめに」にも和田さんは懐疑的だ。

「塩分が多いと血圧が上がって動脈硬化を引き起こすとされますが、そもそも塩分を控えると動脈硬化が防げるという国内の疫学調査はありません。また高齢者は腎臓にナトリウムをためる機能が低下します。そこからさらに塩分を控えると低ナトリウム血症を発症し、意識障害や痙攣を併発するリスクが高まります」

多くの医者が「体に悪い」と敵視する脂肪にもさまざまな健康維持の役割がある。

「脂肪には脂肪を燃焼する作用があるので、脂肪を完全に断つと古くなった脂肪を燃やせず、筋肉を分解してエネルギーを作ることになります。そのため体脂肪が減らず、筋肉量が低下します。また脂肪は体や免疫細胞の材料として欠かせず、料理を楽しむうえでも大切な調味料。過剰摂取はNGでも、適度に摂ることは心身に好影響を与えます」

老年医学の専門家として多くの患者を診た和田さんが改めて「食」の大切さを説く。

「日々、多くの患者を診療して感じるのは、“食べていない人は元気がない”ということです。食事制限で低カロリーや低栄養、低コレステロールの食事を続けると早く老けてしまう。栄養が余ることで生じる害より、栄養が足りないことで起きる害の方がはるかに大きくなります。

人間の体が欲するのは、体に必要なものなので、まずは食べることを優先してほしい。また、自炊よりコンビニ弁当や外で食べるラーメンの方が多くの食材を使っていて、体にいい可能性が大きい。外食に罪悪感を持たないでください」

そんな和田さんの食生活はというと……。

「食事制限はもってのほかで、朝はおにぎりや総菜パンにヨーグルト、昼は好物のラーメンとチャーシュー丼に卵をトッピング。夜は、週3日は外食で晩酌のワインを欠かさず、それに合わせて魚と肉を2日おきで交互に食べています」


血圧について

生活習慣病からがんまで、治療や投薬が必要な病気は数え切れないが、その中でも特に“欧米式”が弊害をもたらすものがある。まず気をつけるべきは生活習慣病の代表格である高血圧だ。日本では3人に1人が高血圧といわれ、推定4300万人の患者がいる。東都クリニック高血圧専門外来医の桑島巌さんの解説。

「そもそも欧米人と日本人では、高血圧のタイプが異なります。白人のアングロサクソン系人種は、遺伝的に血管を収縮させるレニンが多い『高レニン体質』の人が多いことがわかっています。そのため、血管が狭まって血管の壁に圧力がかかる『血管ギューギュー型』の高血圧になりやすい」

一方、日本には「低レニン体質」の人が多い。

「日本人の血液はレニンが少なく血管が収縮しづらいうえ、和食は塩分含有量が多い。血中に塩分が増えればそれを薄めるために体は水分を血液に取り込もうとします。すると血液中の水分が増加して血管の壁に圧力がかかり、高血圧になる。白人とは真逆の『血管パンパン型』です」(桑島さん)

そうした違いから、血管を拡張して血圧を下げるタイプの降圧剤は、日本人には不向きだと桑島さんは言う。

「ARBやACE阻害薬はレニンを抑制することで血管を拡張し、血圧を下げる薬です。『血管ギューギュー型』が多い欧米人には効果が出やすいが、低レニン体質の日本人には効果が出にくい。日本人の高血圧には、水分を体外に排出する利尿降圧薬や、レニンに関係なく直接血管を広げるカルシウム拮抗薬の方が有効です」

高血圧と同様、“予備軍”も含めて多くの人が悩まされている糖尿病にも、日本人に向かない治療がある。銀座薬局代表で薬剤師の長澤育弘さんが解説する。

「日本人は欧米人と比べてすい臓の働きが弱く、血糖値を下げるインスリンの分泌量がもともと少ない。そのため、インスリンの分泌を促して血糖値を下げるSU剤は、効果が出づらい傾向にあります」

日本人の糖尿病は空腹時に血糖値が上がる欧米人と反対に、食後、急激に血糖値が上昇する「血糖値スパイク型」が多い。そのため、食事の直前に服用して血糖値を抑える「αグルコシダーゼ阻害薬」などが適している。

効かないばかりか、体を蝕む治療もある。東京大学大学院薬学系研究科准教授の小野俊介さんが言う。

「肺がん治療に使われる『イレッサ』という抗がん剤は、欧米人とアジア人で効き方が違うことが明らかになっています。間質性肺炎などの副作用が出やすく、過去には投薬が原因で亡くなる患者もいた。薬害の訴訟問題に発展したこともあります。現在は適用の条件を事前に確認したうえで使用されていますが、注意が必要です」